« 朝起きて | トップページ | 特養への道5-やっと入ったのに »

特養への道4-リハビリ病院へはいるまで

リハビリ病院は一般病院とは違い。可能性が少しでもあり、本人や家族のやる気があるかどうかの意思確認など、入るには少しハードルが高い病院でした。本当はリハビリは始めるのが早ければ早いほどいいらしく、発病してから3ヶ月近くたつ父はギリギリで入院させてもらえることになりました。(この時、脳のレントゲンをもって私が代理で面接に行き現在の症状や家族の希望などを話してきました。)

その頃は家族もまだあきらめきれなかったので、自分でトイレに行くことができ、もう少しはっきり話せるようになることを望んでいました。この時、リハビリ病院で年齢的には介護保険が優先だが右半身麻痺なので身障者の認定を受ければ介護保険で使えないが身障者で受けることのできるサービスがあるのでなるべく早く申請しなさいということを聞き、今度は市役所の身障者関係の窓口へ話を聞きに行ってきました。
脳の障害の場合3ヶ月の経過期間があるが主事医の判断で診断書がもらえるので診断書を添えて申し込みして欲しいとのこと。

今度は市民病院で今聞いたことを主事医の先生に話して了解をいただきました。
(もともと、心筋梗塞での入院だったので、この時の主事医の先生は心臓外科の先生)
今書いてもらわないとリハビリ病院は当市にはないので3ヶ月たつのを待つと1ヵ月後診断書の為だけに1時間以上かけて市民病院まで診察に来なければならないのです。

ところが、脳外科の先生は診断書は書けないというのです。なぜなら、”前例がないから。”

これでは納得が行きません。脳の血管が詰まっている場所はレントゲンではっきり移っています。すぐに手術をしたにもかかわらず、それを取り除くことはできませんでした。その後のレントゲンで脳が死滅した箇所もはっきりしてきて後遺症として右半身麻痺、言語障害、痴呆と同じような症状はあります。と断言されていたにもかかわらず、前例がないから診断書は3ヶ月たたないとかけないというのです。家族にしてみれば3ヶ月たっても良くならないことは、はっきりしているのに、なんで?という思いが募りました。その脳外科の医師の態度もあまりにも家族に誠意のないものだったので、病院側に話をしても聞いてもらえないならと市長宛にメールを送りました。市のホームページには市長への手紙なるメールアドレスがあったのです。電話なら”たらい回し”にされる可能性があるのでメールにしました。

次の日、すぐに市役所から電話あり市職員立会いのもと病院側に説明させます。とのこと1時間以上話をしましたが説明は同じことの同道巡り。最後には”書けばいいんでしょ”と子供のケンカです。こんなことを平気で言うような医師に診療されていたなんて大ショックでした。結局病院を代わる日に診断書はできていました。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

最初、病院を移る時、家族が自家用車でリハビリ病院へ連れて行く予定でした。
ところが、当日の朝、又本人が軽い発作がおき退院が一週間伸びたのです。移動の途中に発作が起きていたらと思うとぞっとします。結局、一週間後、市民病院が手配した救急車で1時間かかる道をたった15分でそれも、主事医付で移れたんです。なぜ、最初からそういうことをしてくれなかったのかは、言ってもしょうがないので言いませんでしたが・・・
この時の精神的体力的疲労は限界でした。医師に対しての不信感は最高潮!!

|

« 朝起きて | トップページ | 特養への道5-やっと入ったのに »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/16589/1441977

この記事へのトラックバック一覧です: 特養への道4-リハビリ病院へはいるまで:

« 朝起きて | トップページ | 特養への道5-やっと入ったのに »